名もなきライターのブログ

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キメラゴンみたいだった中学生の頃

(うおおお…今年に入ってから一度もブログ書いてなかった…)

 

毎日、仕事に追われている私は、ソーシャルゴシップが息抜き。そんなもんを息抜きにしているからダメなんだとは思いますが、私ももうおばちゃんなので、おせっかいが止まらんのですねえ。

 

さて、キメラゴンという少年がツイッターを騒がせています。不登校の中学生だそうです。

 

彼は思春期なのにニキビもなく、美肌でとっても可愛らしい顔をして、ツイッターではたいして面白くない投稿を繰り返し、noteとYouTubeで稼ぐのは満員電車より楽だという浅い洞察力で、ネットの皆さんをヤキモキさせています。いいじゃないですか。中学生。みんなそうだったろ!?思い出せ!(ペチペチ)

 

さて、今日は私が中学生だった30年前に起こしたある事件について、書いてみたいと思います。

 

中学1年生のとき、お小遣いの支給日に家出をしました。2500円を握りしめて、神戸の実家から大阪に向かったのです。ナンパ橋というミナミでは有名な場所で、ぼーっと立ち尽くしていました。しかし、見るからに子供だった私を構おうとする大人はおらず。

 

終電の時間が過ぎ、ひと気も消えた頃、橋のそばで、水商売の仕事を終えたけばいお姉さん二人組が声をかけてきました。「ずっとそこに立ってるけど、いくところ、ないん?」と。年の頃、21、22歳のお姉さんと、13歳の私。

 

私はそのお姉さんたちと、ミナミのケンタッキー前で話し込みました。思春期の悩み。ガミガミうるさい親のこと、苦手な勉強と運動のこと、合わない学校生活のこと、子供っぽい同級生のこと、そして自分のこと。

 

お姉さんは、「うち、来る?お兄ちゃんと住んでるねんけど」といって、家に連れて行ってくれました。お姉さんの家にお邪魔しました。そこで、メイクを教えてもらいました。初めての口紅。それから、原付きに3人乗りして、小僧寿しにお寿司を買いに行って、ご飯を食べさせてもらいました。

 

ご飯を食べると、私は疲れて寝てしまいました。

 

お姉さんの家に1泊し、次の日は、もうひとりの連れのお姉さんの家にいきました。ポテトチップを買ってもらい、置いてあったちょっとエッチな漫画を読んで、過ごしていました。気がついたら、また寝ていました。

 

起きたら誰もいませんでした。

どこいっちゃったんだろう?知らない家に私はひとり。

すると、何人かの大人が帰ってきました。

 

その中にひとり、芸能人みたいにカッコいいお兄さんがいました。当時の私は学校でも男の子としゃべることがなかったため、大人の男の人を前にしてとても動揺しました。

 

そのお兄さんは「君か。もう帰り。送るから車に乗り」といい、私を吹田駅まで送ってくれました。私はなんばから吹田にいたのです。そしてお兄さんは駅できっぷを買ってくれて、「これで電車に乗って、おうちに帰りなさい。絶対に、帰るんやで。もう家出したらあかん」ときつい関西弁でいいました。私は素直に従うことにしました。振り返ると、お兄さんは改札の向こうで、ずっと私に手を振っていました。

 

それで私は3日ぶりに家に帰り、母親にボコられ、父親に捜索願取り消しをしに警察につれていかれ、少年課に呆れられ、学校の先生にとんでもなく怒られました。内申点もめちゃめちゃ下がったと思います。

 

当時、大阪の吹田近辺では花博(花と緑の博覧会)という催しがあり、その工事の夜景がキラキラ光ってとても綺麗でした。1990年のことです。お兄さんの車の助手席で、私はこの輝きを一生忘れないだろうなと思いました。そして、お姉さんお兄さんのことも。私は幸い、体に触られることもなく、無事に帰ってきました。誰からも傷つけられることもありませんでした。

 

痛い目に合わなかった私は、周りの大人の心配が長い間わかりませんでした。自分を特別だと信じていたし、家出したのは漫画みたいに何かドラマチックなことが起こると思っていたから。中学生とは、そんなお年頃。子供が育つのはけして親と学校だけに責任があるわけじゃない。守ってあげるのは大人の責任です。

 

私の思い出はそんなところです。

悪い大人は大勢いますが、みなの良識に期待します。