名もなきライターのブログ

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愛もお金もたっぷりあって、ぜんぜん幸せじゃない名もなきウェブライターの話

愛はあると。クラウドソーシングでライターをはじめた私を変えてくれたのは愛だったと。お金はぜんぜんなかったけれど、ゆとりある生活になれたと。でも、私ぜんぜん幸せじゃないんですね。軽くいうならば不幸よりですよ。

 

病気のせいかな?

年収が足りないからかな?

パートナーがわがままだからかな?

 

そんなふうに思っていました。でも全然違うと。それどころか、その考え方は危険ですらあるということに、ようやく気が付きました。

 

幸せとは?

 

ものの本を読んでいたら『幸せとはコントローラビリティである』と書いてありました。これは非常に説得力が高かったです。みんな、愛とかイケメンパートナーとかを追い求めるじゃないですか。どこの市場をみても、競争して競争して競争して…。むなしい戦いが繰り広げられています。

 

でも、そもそも、お金と幸せは相関してないんですね。コントローラビリティ=人生を自分の手で動かしている実感、ですから、朝ちゃんと起きて、ご飯を作って、軽く運動して、しっかり仕事して、夜は休んで、すべてを主体的に積み重ねることこそ、自分の人生を主体的に生きている感覚こそ、イコール幸せであると、そういう研究があるそうです。

 

習慣の重要性

 

そして、これは私見ですけど、そのコントローラビリティって、習慣が関係してるんじゃないかなって。ちゃんと起きる、朝ごはん、テキパキ仕事、軽い運動、夜のリラックスなど、きちんとした習慣こそ、コントローラビリティを高めてくれると。

 

他の本で読んだところによると、習慣は心理的な安全をもたらしてくれるので、不安定なフリーランス稼業でメンタルが安定するどころか、不安に打ち勝つ力をもたらしてくれるのだということです。

 

別の研究でも、きちんとした習慣がある親子は適応力がアップするという研究があるそうです。

 

イースタディの逆説は?

 

年収と幸せは相関しないー

これは、意外なことです。ノーベル経済学賞を取ったダニエルカーネマンの研究によると、年収は900万で幸せが打ち止まるとありましたが、それはもう2012年の研究なんでちと古いんでしょうね。

 

人生には損益分岐点があるという説は、説得力があるので魅力的ですが、どうしても理論上のものです。実際、金がなくてもパートナーがいなくても、幸せな人はいるわけですよ。反対に、年収900万で不幸な人もいれば、大金持ちで幸せな人もいますから、ぜんぜん相関してないのです。

 

人生にコントローラビリティ!

 

幸せはコントローラビリティである。これは最近知った中でもっともインパクトが強かった説です。考えてみれば、朝は起こしてもらっているし、お金は管理してもらっているし、ダラダラと寝て、ダラダラとご飯を食べて、ぜんぜん主体的に生きてないのです。ただ、夜が来るから仕事を終えるだけ。

 

なんていうか、1円ライターの頃はもっと幸せだった。それは、人生を切り開いていく実感があって、自分も朝3時半に起きようと努力していたし、売上をもっと増やしたいと前向きだったし、必死でやってたからですね。

 

金の問題じゃないのです。コントローラビリティ。人生の主体性があるかどうか、それが幸せになるコツだと。

 

ちなみに、どの本だったか忘れたのでリンクは張れません。ごめんなさい。