名もなきライターのブログ

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貧困と自己責任論のこと

 

「名もさんは自分の話をあまり書きませんね」

 

と、ある編集さんにいわれました。

 

「自分について語ったほうが向いてますよ。作家向きだ」

 

とも。社交辞令でもありがたく、嬉しいことですが、私はあまり自分の、とくに経歴について語ることは好きではありません。どうしても、自分の過去に対しては客観性を持てず、認知のゆがみが大きく生じて読者不在の気持ち悪い文章になってしまう気がして。

 

ただ一時期、貧困生活をしていたのは事実です。

病気になり、医者もケアワーカーもみんなが「生活保護を受けて!」という中で、どうしても嫌だったのです。病院にもよるんですけど、ガチの精神科では、気軽に生活保護を受けようという話が出がち。

 

別に悪いとはいいません。ただ、生活保護受給者って本当に死んでしまうんですよ。私のまわりは6人が自死し、シャレになりません。家賃が安く汚く壁の薄いアパートで、マナーの悪い近隣住民に囲まれ、やることもなく、お金もない生活。情緒は不安定になり、国や市役所に対する依存心だけが強まっていきます。

 

何より、変な責任転嫁主義に飲み込まれてしまうのです。たとえば「社会が悪い」「格差が悪い」「安倍晋三が悪い」「過去のいじめが悪い」「親が悪い」と。

 

トルストイは『アンナ・カレーニナ』の中で「幸福の形はいつも同じだが、不幸はそれぞれ違う」と書いていますが、現代日本の貧困層においては、不幸も似ているのです。そして大切な精神性まで他責に侵食されてしまいます。

 

いっぽう今朝、社長に「世の中、偉くなればなるほど、自己責任なんだぞ」といわれました。すべて自分の意思決定が人生に影響を与えると。

 

私が貧困から抜け出したのはまさにこのメンタルが他責から自己責任に切り替わったからで、1円ライターを抜け出せたのも、定額で安定収入が入ってこないかな~という社畜根性を完全に捨てたタイミングです。

 

 

偉くなればなるほど自己責任。

 

私は一介の売文屋であり、偉い偉くないという彼岸とは離れたところに暮らしていますが、それでも、すべてが自分を起因として生じているという価値観を捨てないようにしたいと思います。きっとそれが次の人生を切り開いてくれるはずです。