名もなきライターのブログ

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クラウドソーシングの本質

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最近、文章に加えてちょこっとデザインにも手を出しています。いろんなツールを使いながら、構築もしているのです。もちろん、お客さんが私の素人デザインでも十分だと判断したらの場合で、本格的なデザインになったら、プロの手を借ります。

 

そこで、構築・Web制作の集客はほぼクラウドソーシング頼みなんですけれども、該当サイトの本質はプロとアマの境目をなくし、すべてが市場で評価されるフラットな社会になるという学びを得ました。今日のブログはその話です。

 

 

 

昔のプロライターは本当に一流だった

 

いまも昔も、私は文章の書き手として一流ではなく、紙媒体が全盛の時代だったらまず通用しなかったことでしょう。しかし、クラウドソーシングが現れたと。そしてWebライター志望者がどっと増えました。私もそのひとりです。

 

この流れを紙のライターさんが苦々しく思っているという話はあちこちで聞きます。たとえば、バブル期に一時代を築き、政府の有識者会議にも参加するクラスの有名な作家さんは、ネットなんて大きらいだと表明しています。

 

紙のライターさんは文章がとてもうまく、あらゆることに精通しており、昨日学んだことをさも10年前から知っていたかのように書く表現力があります。

 

素人全盛の時代

 

しかし時代の流れに乗ってクラウドソーシングができてしまったと。Webライターが大量に、本当にたくさん現れて、プロとアマの境目が曖昧になってしまいました。これはもう時代の流れだから避けられません。

 

実際、私は最初、1件100円の仕事をしていました。安すぎる単価で、クラウドソーシングの弊害だといえるでしょう。ただ、それがなければ、私はライターになることすらできなかったのです。

 

プロとアマの境目がグレーになる。そしてフラット化されて市場になる。これは、クラウドソーシングというサービスの大きな特徴です。

 

インターネットによる民主化

 

これはインターネット時代になって、あらゆるクリエイティブ業界で起きた事象です。たとえば漫画家やイラストレーターさんにしてみても、これまでは、出版社の編集さんに認められるという属人性と権威性の高い仕事でした。だからこそ、狭き門だったのです。

 

ライターだって書きたい人は大勢いたのでしょうけれど、媒体が限られており、ハードルが非常に高かったのです。しかし、インターネットが広がってさまざまなサービスが登場し、ライターはクラウドソーシングで、イラストレーターはTwitterで、漫画家はnoteで、というふうに、ネットサービスで顧客と対等になり、フラット化されていきました。

 

民主化と権威主義の対立

 

これはつまり、クリエイティブが民主化されたということです。民主化されたサービスの恩恵に預かることで、偉い人に褒められたい、教えてもらいたい、学べばなんとかなるという伝統的な価値観から解放されます

 

昔はみんな偉い大人に褒められることを喜びとしていたのです。親、学校の先生、権威、業界の重鎮…民主化と権威主義は対立する概念で、私は前者を選ぶことになりました。どこまでも素人魂でつっぱしっていって、偉い人の牙城を食い荒らしていきます。

 

誰だって大企業に勤めれば安泰、偉い人に褒められて舞い上がる、権威から賞をもらって自慢する、そんなことはあるでしょう。でもそれって、思考停止なんじゃないですかね。考えるのをやめるのは楽です。でもそれじゃあクリエイティブと真逆なのではないでしょうか。

 

まとめ

 

インターネットの本質は民主化であり、フラットな社会が訪れるということです。プロとアマの境目が曖昧になり、同時に途上国と先進国のボーダーも曖昧になることでしょう。ある種の国境が溶けていくのです。

 

そんな時代に、まだ権威にしがみつきますか?偉い人に褒められたい、認められたい、そんな自分の見栄が引き剥がされ、むき出しの個人が市場の前に立ち尽くすことになります。つまり私たちはみな自己を試されているのです。