名もなきライターのブログ

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究極のWebライティングとは?生きることがつらくなったら、文章を書いてみよう

 

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ヘミングウェイは「あなたはなぜ文章を書くのですか?という問に意味はない。文章は何を書くか、なのだから」という言葉を残しています。そして『魂の文章術』を著した詩人のナタリー・ゴールドバーグさんはさらにその一文を引用し、「なぜ?という問いは心理学者に任せよう」といっています。

 

書くことに理由はいりません。何を書くかなのですから。なぜという問いは精神科医に任せて、さあ、書いてみよう!今日のブログは文章を楽しんで書く方法と、究極のWebライティングとは何か?についてお伝えします。

 

 

あなたはなぜ書くの?

 

とはいえ、この「なぜ書くの?」という問いかけを自分にしてみるのはとても魅力的なことです。

 

・お菓子代がほしいから

・話し相手がいないから

・誰も自分の話を聞いてくれないから

・世界に伝えたいことがあるから

・自分自身が、価値ある人間だと信じたいから

 

そんなふうに、自分が書く理由というのはたくさん見つかることでしょう。たとえば私は先日までレアチーズケーキにハマっていたのですけれど、それは人生における影の部分から目をそむけさせてくれる効果があります。同様に、書くことには、依存性があります。

 

依存心に気がついたとき、ようやくチーズケーキの呪縛から開放されダイエットをいっぽ踏み出すわけです。しかし、書くことへの依存は、気がついても止められないし、むしろ深みへとハマっていきます。

 

誰でもなんでも書いて良い

 

「私には書く権利があるけれど、あなたには文章を書く権利はないの」そんなふうにいじわるで世間知らずのお嬢様のようなことをいってくる人もいるでしょう。しかし、書くことは成熟です。書くことを通じて、人はいつのまにか他者の気持ちがわかるようになります。書くことを通じて、他人の立場に立てるようになるのです。相対性の元で絶対的に生きるようになったとき、忍耐と、それが培う周囲のとの関係こそが、枯れゆく人生を価値あるものにしてくれると気がつくはず。

 

究極のWebライティングとは?

 

ところで、この5年間、朝早くから夜遅くまでありとあらゆる文章を書いて書いて書き続けた私は、あるひとつの真実へ到達しました。それは、Webは、Webこそは、自由に書いていいということです。

 

書くことに教科書もなければ、答えもありません。ネットには頭でっかち優等生が多いですから、きっとあなたに型通りの文章を書けといってくることでしょう。しかし、オトナのいうことをちゃんと聞いて子供時代を過ごし、今になって自由に書こうとしても、何を書いたら良いかわからない、そんな何かを見失った存在になってはいけません。

 

書くことで自分を救い出そう

 

私は型通りの文章は書けません。この5年間、私は何度も媒体をクビになり、さんざんな烙印を押されてきました。フリーランスの落ちこぼれです。しかし、それでも書くことだけは辞めなかったのです。そうしたら、いまでは読者のほうが私についてくるようになりました。

 

書くことは自分を詩的な感情へと高めてくれて、同時に価値をもたらし、物心ともに陥った危機から、自分の手で人生を救い出すことができます。さあ、自由に書こう。書くことで人生を救い出そう。