フリーランスの本質は社会的信用をベットするギャンブラー

 

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昨今、フリーランスという生き方が流行りつつあります。

調査によると本業・副業あわせて1,000万人以上のフリーランスが存在し、今後もそれを選択する人は増えることでしょう。しかし、その本質はギャンブラーであり、社会的信用を賭金として“切った張った”を繰り返しているという話は聞きません。それがフリーランスの本質なのですけれども、今日はその話を書きたいと思います。

 

 

フリーランスとフリーター

 

フリーランスが増加する理由はいくつか考えられます。

転職が容易になったとはいえ、日本の雇用制度が硬直化しており、まだまだ終身雇用がいきているということや、人生100年時代で長寿の社会において、どうせなら経済的にも、時間にも、場所にもとらわれず、生きていきたいという強い欲求の現れではないでしょうか。

 

実は、これを書いている私は40代で、私が若い頃にもかりそめの自由を謳歌する人たちはいました。会社組織やしがらみに背をそむけ、夢をおいかけ、あるいはただ怠惰がゆえに、アルバイトで生計を立てる「フリーター」です。

 

フリーターは、雇用先をまたいで評価される仕組みが整っていない状況もあり、同時にスキルの積み上げも蓄積もない労働時間の切り売りであるケースが多いため、現在ではあまりポジティブな意味では使われなくなっています。

 

しかし、25年近く前は、それはそれは礼賛されたものです。新しい自由な生き方だといって。

 

果たしてフリーランスは、新しい生き方なのか、それともフリーターの延長線上なのか。いまが分水嶺。ブームであるフリーランスの本質に迫ってみます。

 

社会的信用をベットしたギャンブル

 

フリーランスとは、自分の社会的信用を賭金としてバクチを打つギャンブラーの別名です。つまり私たちはみな勝負師なのです。そう定義してみると、いろいろなものがみえてきませんか。

 

ベットしているものは、社会的信用です。だからこそ、さまざまなことが起こります。基本的に、賭けて勝負に勝ち続けなくてはならないのです。まず、賭けないことにははじまりません。外野からヤジっていてもリターンはないのです。

 

勝っていくこと。そのためには、ここぞというところで賭けなければならないのです。私の話でいうと、私は2014年にクラウドソーシングが来ると思った瞬間、テレビもおやつも漫画も捨てて、人生を全賭けしました。フリーランスとしてデビューしたのです。安定した収入も有給も、そして雇用保険すらないままに、ここに一点賭けしてみました。

 

それはなんとかうまくいき、初月でランサーズにてTOP100に入ったのです。それだけではなく、その後は1円ライターから卒業しようと思ってさらに倍プッシュ。そこでも賭けに勝ち、なんとか低単価ライターを抜け出すことができました。

 

コツコツと信用を積んでいく

 

フリーランスは社会的信用を賭けたギャンブラー。つまりは信用・信頼を賭金としています。よって、その賭金が少ない間は、コツコツと小さく積んで、勝っていくことが大切です。小さく勝ち続けて、ときに大きな勝負をして、また勝っていくこととなります。

 

反対に、負けて去っていく人もいます。一発やなのに大きなことを言っている素人もみかけることでしょう。勝っているふりをしながら、その内実は大負けしているフリーランスも、どこかにいるかもしれません。

 

しかし、人のことはどうでもいいのです。いかにして、自分の戦いに集中して、勝負に出ることができるか。

 

いろんな人が勝負を見ている

 

他人の話がでました。いろいろな人が、フリーランスに関していろいろなことをいいます。そしてあらゆる人が勝負をみています。ただただうるさい外野。勝ったら寄ってくる人。仲良しのように見せて裏切る人。そんな中で、勝ち抜いていくには、集中しなければなりません。

 

ごちゃごちゃ言っててもそれは外野であって、本当の勝負師は、そんなヤジを聞いてはいないのです。私自身も、勝負師だと自覚があるがゆえに、ヤジは聞いていません。

 

 

副業フリーランスもいいんじゃない?

 

ところで、フリーランスは副業でやっても良いと思います。本業で築いた信頼をベースにしながら、勝負にでるわけです。それはそれで、最初から高い賭金で勝負できるので、ギャンブラーのひとつの生き様だと思います。

 

副業フリーランスも増えました。

フリーランスの本質が、社会的信用をベットしたギャンブラーだということさえ踏まえておけば、信頼とは何かがみえてきます。つまりリターンを得るための原資であって、積み重ねれば積み重ねるほど、大きな勝負に出ることができます。要するに、リターンが大きくなってくるのです。

 

信頼が大きい人の方が、リターンが大きい?ずるいと思われますか。それは当然の話です。これは、持っている賭金の話なので、ずるいずるくないの話ではありません。

 

負けたらどうする?

 

フリーランスは勝負師なので、負けることもあります。

そりゃあ、あるでしょう。約束を破ってしまったり、失火から炎上したり、自分と世間の意識や常識にズレがあったり。たまに、信頼の紙切れがごうごうと炎上し、退場に追い込まれる人、いますよね。

 

しかし、基本的に負けたところで失うものはありません。社会的信頼という賭金はゼロになるかもしれないけど、クレジットカードが止まるわけでも、命を取られるわけでもありませんから、安心して勝負にでるといいでしょう。

 

若い人に私が言えることがあるとしたら、ヤジっていても勝負師にとってはただのノイズなのです。それなら、賭ける側にまわったほうが、人生は楽しいかもしれないよ、ということです。

 

私の話

 

私個人の話をします。私は高校を出て2年ほどアルバイトつまりフリーターをし、その後は就職しました。そして20年たった今は、ふたたびフリーの身の上です。フリーター・正社員・派遣社員・無職・フリーランスと経験し、いま一番思うのが、とてもリスクはあるけれども、リターンも大きいということです。

 

その過程で私は障害を持ち、今では自宅にこもって仕事をしています。ただ、人生を賭けた勝負であるからこそ、障害があるのでえこひいきしてくれというエクスキューズも効きません。自分との戦いに勝ち抜いていくしかないのです。

 

フリーランスの未来

 

業界の未来がどうなるかはわかりません。

フリーターと同じく社会問題化し、ワンコールワーカーのオンライン版として安く使われ、将来の日本でお荷物扱いされるかもしれない。つまりは、みんな負けて終わるかもしれないということです。

 

私だって、ドラクエのカジノでは、ポーカーでダブルアップを何度も繰り返し、最後は0ゴールドになってすごすごと冒険に戻るタイプです。

 

ただ、それでも会社員に戻ることはないと思います。

 

「会社は時間が決まっていて、モチベーションを管理してくれ、仲間がいて、仕事を取ってきてくれて、事務処理もしてくれる。フリーランスは大変だな」

 

という価値観のフリーランスにはなりたくありません。それは学校で机を並べている延長に過ぎないのです。

 

フリーランスの本質は、ギャンブラーであり、私たちは社会的信用をベットしているという話でした。

 

(この記事は、名もちゃん気まぐれマガジンを加筆訂正したものです。某オピニオンサイトに応募するため、独断で公開させてもらいました。日頃はこんな話を中心に、たくさん書いているのでよかったら