小手先の文章術じゃなく、攻めてる人間そのものの文章がいいね

 

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ブランディングというといっちょまえですけど、ようするに「個人としてWebで食っていきたい。これからも」という思いがあるので、ブランディングの本を読んでいます。山口義宏さんの「ブランディング 顧客体験で差がつく時代の新しいルール」です。

 

 

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インサイトを刺激せよ

 

toshitsu.hatenablog.com

 

 

先日、「いつまでも攻めていたいから、マンション買おうと思ってたけどマセラティ買う」という記事を書いたところ、結構拡散されて読まれました。感想も拝見したのですがみんな結構良い感じで評価してくれていました。

 

 

 

 

これは、「年をとってもかっこよくありたい」「いつまでも攻めていたい」という思いが、「年を取ったからといって保守的になりたくない」というインサイトを刺激したからではないでしょうか。つまり人びとの潜在的な本音です。インサイトには自分が自覚しているものと、指摘されてはじめて気がつくものがあるそうです。これを追求してけば、ブランドになるかな?

 

ライターは生き方が問われるのではないだろうか

 

冒頭にツイートを貼り付けましたが、生き方って文章にあらわれると思うんですよ。かっこよく生きていれば、それが納品物にもあらわれる。そしてSNSでの表現にも出るでしょうし、お客様とのコミュニケーションにも、自分のスタイルが表出するのではないでしょうか。

 

 

たとえば、「これがブランディングだあ!」っていってスーツに坊主、シマシマの服をきたり、ハンチングをかぶったり。そうやってスタイルを固定するのって、ネットのために固定するのって、なんか違うと思うんですよね。まず自分が人生を楽しんで生きていて、ポリシーを持っていれば、それに共感してくれた人が集まってきて、仕事がやってくるのではないかと。

 

そもそも、坊主とか上下シマシマの服とか、ぜんぜんかっこよくないじゃないですか・・・

 

誰しも年を取るからこそ、攻めていたい

 

高齢社会です。人生100年時代。メディアが老後不安を煽り、みんなちまちま貯金する。貯金は良いと思うんですよ、お金をぱっぱら使うのが良いというわけではないんです。今問われているのは生き方ではないかと。そしてお金の使い方は生き方に通底しますので、何を買うか、つまり何を選択するかこそが、自分のライフスタイルと人生を形作ってくるのでは。

 

「ブランドとポリシーは1対1でなければならない」というようなことがブランディングの本に書いてありました。かっこよく生きる、をテーマに、いつまでも青くいたいと思います。

 

 

 

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