二流だけが努力をアピールする。では一流は何で判断されるか

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「一流は『努力した』、『読書家です』とはいいません。努力はしていて当たり前だからです。」

 

と仕事のできる優秀なお客様(編集者さん)にいわれました。というのも、私が何気なく、「さいきん、寝る前に本読んでいて…文章力高めたくて」とうっかりアピってしまったからなのですね。このリプライに「ひええ」とショックを受けてTwitterに投稿したところ、いいねが100以上ついてそこそこ反響がありました。

 

 

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一流は努力をアピールしない

 

 

確かに、一流の人間は努力をアピールしないのではないでしょうか。本を読む、文章の勉強をする、優れたライターさんの文章を真似してみるなど当たり前にやることで、やっていないほうがおかしいのだから。

 

これまでむやみやたらにライティングして、ちっとも文章力が高まりませんでしたけれども、少し立ち止まって文章力を上げていきたいと考えています。文章力を売り物にできたらなと思っていますが、道のりは長いようです。

 

私はもともと、そんなにポテンシャルって高くないんですよ。それは自分が一番よくわかっています。だからこそ、人の何倍も努力しないといけないんですよね。

 

一流は結果で判断される

 

では努力をアピールしないのであれば、どこで判断されるか。それは

 

「一流は結果です」

 

とお客様はいいました。結果。直しが少なくお客様に負担をかけず、そしてPVが取れていてスラスラと読めて滞在時間が長い、そんなことを当たり前に実行した上で、社会に何かを投げかけることができる、そんなライターになれれば理想です。

 

それにしても理想が高すぎて疲れてきました。今年に入って毎日ブログを書いていますがこの程度の殴り書きで1,200文字程度のブログをさらーっと書くだけでも、ヘトヘトになります。去年と同等の売上(2300程度)をクリアしながら、さらに読書してブログ書いて・・・ああ、またアピールしてしまった。ここで疲れたといわないような永江一石さんやマナブさんのような人こそ、段違いの結果を出せるのでしょうね。

 

知的労働は肉体労働者に恥じない仕事をしなければならない

 

ところで私は「関広野」という思想家がとても好きなのですが、関先生がいうのですね、

 

「肉体労働者は汗を流して働いているのだから、知的労働者もそれに恥じないぐらい汗をかかねばならない」

 

と。関先生の『プラトンと資本主義』は知的生産の頂点みたいな本で、私はこの先生にほんとうに憧れているんですよ。何度かメール交換もさせていただきましたが、本当に優れた作家さんです。はやく仕事を切り上げて、『プラトンと資本主義』を参考に論文を書いてみたいなあ。

 

『イケダハヤトは現代のソクラテス』という記事を数年前に書いて、とても評判がよく、さらにいやらしい話ですが仕事を何件もいただきました。その時の参考にしていたのがこの本です。文学レベルの文章でほんとうに憧れです。

 

toshitsu.hatenablog.com

 

こちらの本もぜひ。

 

 

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