インターネットにおける良いコンテンツとは何か、私の考え。

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Content is Kingということばを知ってからもう何年になるでしょうか。コンテンツイズキングの時代は今も続いているようです。Googleは良いコンテンツを評価すると宣言していますが、良いコンテンツとは何でしょうか?ググってもわかりません。

 

ところで、

 

「記事の出だしに悩んで、なかなか書くのをスタートできないや」

 

そんな風にいつも感じています。あちこちの媒体で記事を書かせてもらって、常に悩むこと。それは冒頭の言葉です。

 

私はついつい、冒頭に天下国家を語ってしまう傾向があります。しかしそれは基本的にNG。さらには長い自己紹介も不要です。たまにありますよね、「私は貧困家庭で育ち、ライターになったのですが中国の発展には目覚ましいものを感じ・・・」みたいな自分の情報は不要かと考えます。

 

基本的に私は自分を全面に押し出したおもしろ記事は書かないのですが、中には親しみを込めて「私の経験を紹介しますね」といった個人がブログを書いているような文体でお願いしますというオーダーもあります。

 

どちらにせよ出だしはとても大切で、まずは自分の心の中を丁寧に見つめ直して、このテーマにおいて自分ごとと考えられることはなんだろうか、というのを常に探しています。そのため、記事の出だしからとても悩んでしまうのです。

 

しかしコンテンツの話に戻りますが、「自分ごと」ととらえられる文章こそ、「良いコンテンツ」なのではないかと最近思うようになりました。記事の出だしを読んで、「そうそう!これはまさに私のこと!私はこれが読みたかった!」というような記事。自分のために書かれた記事。それこそが良いコンテンツなのではないかと。。。

 

よって私は自分が想像もつかないような育児メディアや、興味のないネイルやマツエクの分野では記事を書くとはとてもできません。そもそも依頼もこないと思います。

 

自分ごとであるととらえてもらうような記事を書くために、必要なこととして、なんといいますか、あまり平均と乖離した人間でないことが大切なのではないでしょうか。たとえば、仮にテキストが打てたとしてもうちのパートナーはキャラクターが偏りすぎているので良いコンテンツを書くことは不可能だと思います。私は社会福祉分野、社会保障の分野で記事を書いているのですが、記事の展開に悩んでパートナーに相談したら「相続税100%!法人税100%そして所得税と消費税を0%にして財源をまかなう!」とか言い出して、全く参考になりません。

 

育児メディアであれば、等身大のパパさんやママさんこそが共感を呼ぶコンテンツが書けるのでしょうし、平凡な私はきっと良いコンテンツを書けるポテンシャルがあると信じています。