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イケダハヤトは現代のソクラテス

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インターネットでイケダハヤト先生を見かけるたびに、彼はまるで現代のソクラテスだと思う。皆の知っているソクラテスは、深く眉間にシワが刻まれた、悩ましく謎めいた哲学者だろうか。


しかし、大学某所で古代ギリシアを研究した私の見方では違う。
ちょっと長くなるし、プチ教養が必要だけれど、ぜひ最後まで読んで欲しい。

 古代ギリシアがどんな社会で、ソクラテスがどんな人で、どのようにして彼が死刑になり、イケハヤちゃんが同じ運命をたどっているのか、見ていこうと思う。

 イケダハヤトは現代のソクラテス・・・?

どういうことなのだろうか。 

 

【目次】 

 

■古代ギリシアの社会

 

若きニーチェ以来、ギリシア社会における競技の文化について語らぬものはいない。競技とは何か。ひとつにオリンピア。そしてひとつにアテナイの語り合いの文化がある。アテナイは当時、世界で最も成熟した先進国であった。それは外国人であるアリストテレスが留学してきていたことでも明らかだ。

 

さらに、ギリシアは貴族社会であったが同時に職業人の社会でもあった。人々は皆が専門的な職業を持ったプロフェッショナルで、同時に政治的に自由な人間たちの集まり。収入の過多によらず、ロゴス(論理)と徳と知で相互に正義を主張しあう、高度に民主的な社会だったといえるだろう。西洋社会の原点・古代ギリシアのアテナイの中心は、働く人々だったのである。

 

これは今の日本のインターネットと似ている。多くの人が職業を持ち、ブログで自由に語り合うインターネットは民主社会だ。

 

■ソクラテスのやったこと

 

しかし、そんなアテナイでソクラテスは異様な人間だった。かの偉大なアリストテレスですら、同時代の人間による伝記は残されていないのに、プラトン、アリストパネス、クセノポンなどがソクラテスについて記述し、書物を残している。それだけアテナイにとって異質な人間だったからだ。

 

端的に言うと、ソクラテスはアゴラ(広場)で道行く人に弁証法で絡み、相手を怒らせて長文のマジレスを引き出した

 

これは多くのブロガーがイケダハヤトに言及するのとそっくりだ。彼ほど、ブログで語られる人物はいない。彼は絡む相手を怒らせ先方から長文のマジレスを引き出す。弁証法とは、簡単にいうと相手がいなければ成立しない話術のことである。イケダハヤトは東京がなければ成立しない。そこも酷似している。

 

■ソクラテス裁判とは?

 

そしてソクラテスは紀元前399年、皮革商人アニュトス、弁論家リュコン、詩人メレトスによって告発された。罪状は「青年たちを腐敗せしめ、アテナイを混乱に陥れた」罪である。

 

イケハヤちゃんも、青年たちを煽り、会社を辞めさせ、さらにはニートへと追いやり、ネット社会を混乱に陥れている。そして多くのプロフェッショナルから激しく批判されているだろう?

 

■ソクラテスの収入源

 

実は、劇作家アリストパネスは『雲』の中で、ソクラテスは私塾を開いて若者を集めていたと記述している。私塾に集まった若者たちは、労働を忌避し、哲学という名のとめどないおしゃべりを続けながらニートとなった。アテナイ市民にとって、これは重大な問題だった。なぜなら労働はゼウスが課した人間への辛苦で、それによってのみ徳と知に達するとヘシオドスが歌いあげていたからである。

 

そしてイケハヤちゃんがサロンを開き、プロブロガー志望が次々と集まったことは、驚くべきことであった。ソクラテスとそっくりだからである。労働をしないものに徳と知はない、これはアテナイの社会もブログの社会も、同じなのに、である。プロブロガー志望者たちはいくつもいくつも記事を量産し、とめどない無益なおしゃべりを続けている。ホメロスと並んで重要な詩人ヘシオドスは言う、「はたらけ」と。働けよペルセス!

 

■ソクラテスのパトロン

 

ところで、働かずに広場で人に絡むソクラテスを、妻クサンチッペはヒステリーを起こして嘆いていた。ソクラテスが出入りしていたのが、貴族が集うサロンである。だが労働をせず、主張すべきことを持たないソクラテスは、「みずからの生き方」を売り物に、サロンからの支援を受けていた。

 

イケハヤちゃんが高知に移住し、主張すべきことがなにもないのに生き方を売りにして支持者たちから支援を受けているのと同じである。

 

■なぜ働けなかったのか

 

なぜこうなったのであろうか。ソクラテスはテクネー(技術)を持たなかった。それはなぜか、父親の石工の元で修行したものの1年で挫折したからである。これによって、アテナイで名士になるという彼の野望は閉ざされた。イケハヤちゃんも1年か2年でサラリーマンを挫折し、社会的成功は遠いものとなった。

 

 

■なぜ哲学で成り上がろうとしたのか

 

そう。働かず、広場で人に絡み、若者を堕落させ、さらには、決して美男ではなかったソクラテスがなぜ哲学でなりあがったのか、それは彼の生まれに関係がある。アテナイは民主社会でありつつも貴族が支配する社会であり、石工と産婆の息子であるソクラテスは下層階級の底辺とみなされていたのである。それがゆえの野心。

 

だが私はイケハヤちゃんの育ちを知らないので、ここでは触れないことにする。

 

■民主的な手続きによる死刑

 

つまり、ソクラテスが死刑になったのは、働かず広場で人に絡んで激怒させ、若者を哲学という屁理屈に熱中させてニートへと追いやり、語りの場であったアテナイの民主社会を混乱に陥れたからである。高度に民主化された、公正な制度を持ってして、職業人たちの投票によって死刑宣告がくだされた。

 

いっぽうで現代のイケハヤちゃんも同じ道を歩んでいる。いま、インターネットという民主社会が、イケダハヤトに激怒している。たとえニートたちが彼を支持していたとしても、である。このままでは彼は毒人参の杯を飲むことになる。

 

 

■悪妻と呼ばれた妻について

 

さらに、ソクラテスが死刑になった時、彼には妻と赤子がいた。後世まで悪妻と呼ばれたクサンチッペである。だが、働かないソクラテスを支え、醜男でおじいちゃんであるソクラテスとの間に赤子をもうけ育てていたのは誰だったのか?そして、夫の今際の際に動揺して泣き叫び、退場させられるほど夫を深く愛していたのは?さあ、他ならぬギリシアの流儀で考えよう。徳と知、そのすべてが、虚構の知者ソクラテスにではなく、悪妻と呼ばれた彼女の方にあったのである。

 

■プラトンについて

 

実は、プラトンはソクラテスの弟子であると言われているが正確にはあまり面識がない。年齢も離れている。ソクラテス裁判を、驚嘆のもと眺めていたのが若き日のプラトンである。ソクラテスの異常な死にインスピレーションを受けたプラトンの主張はご存知、「知への愛」、すなわち「知のための知」、ポエムである。失脚しローマへと追いやられたプラトンの主張はのちに西洋社会の礎となり、「銭のための銭」、つまり資本主義を生み出した。

 

イケハヤちゃんが現在、「稼ぐ方法で稼ぐ」ということをやっているのは、この同軸線上にある。稼ぐ方法で稼ぐのは、知のための知のメタファーとなっており、これらのことを総合して、イケダハヤトは現代のソクラテスだといえるだろう。

  

■私の主張

 

イケハヤちゃんは毒人参を飲むはめになるかもしれない。ソクラテスもノリノリで死刑になった。だが、君のクサンチッペを泣かすなよ。私が言いたいことはそれだけである。

 (終)

 

★追記★

 

■投票について

ソクラテスの死刑に対して投票が行われた時、投票はほぼ過半数に分かれていた。

これはアテナイ市民が最後までソクラテスの死刑に悩み、動揺していたことを意味している。一部では追放の案も出ていたが、結局彼はアテナイを去ることを選ばず、喜んで死に臨んだ。なぜならソクラテスは、アテナイを愛し、アテナイの中でしか生きられなかったから。

 

イケハヤちゃんも、インターネットを愛し、そこでしか生きることができないのではないだろうか?我々は、彼を裁くべきであろうか?今一度、考える必要があるだろう。

 

■思想について

もちろん違いはある。ソクラテスは一冊も本を残していないので、彼が本当に何を言ったかは同時代人の記述から推測するしかないのである。通常、ソクラテスを理解するときはプラトンの著作が使われる。だが前述のとおり、ソクラテスとプラトンは師弟関係ではなく、プラトンの美文めいた理想化によるところが多い。なので、真にソクラテスを理解するときは、

 

アテナイ市民のアリストパネス>裁判当時アテナイにいなかったクセノポン>自称弟子のプラトン

 

の順に信憑性があるのだと考える。こういったことは、wikipediaなどには書いていない。

 

■この記事について

ソクラテスの死は古代ギリシア最大のスキャンダルだった。つまりゴシップ注意。

 

 

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